はなこのブログ。

酒をよく飲みすぎてしまう人です。5歳の娘がいます。

大丈夫っぽい。

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ヒマである。

 

1週間ほど仕事を休んでいる。

 

あまりにもヒマであるため、そうだ、大掃除をしようなんて思って、床に散らばった何かの空き箱(捨てろ)、娘からの似顔絵つきお手紙(捨てない)、水道料金の支払い書(払え)など、様々なものに自分の生きてきた痕跡を見つける。

 

だらしがない自分の生活と向き合い、見て見ぬ振りをしたりしなかったりしている。

 

わたしは死ぬだろうか?

 

それは死ぬだろう。いつかね。

 

人は、生と死との間に生きているのだから。

 

ググらない。

 

分からないことに出会ったときにはとりあえずググる。

 

「ググレカス」

なんて言葉が一時期あったけれど、本当にその通りだと思うし、仕事も私生活も、たいていのことはググればなんとかなった。

 

問題に対処するのは得意だ。

幾重もの選択肢を考慮し、最適な答えを導き出すのはそれほど困難なことではないし、楽しくすらある。

 

そんなわたしが、「ググれない」状況になったのは、これが初めてかもしれない。

 

「死亡率」という言葉を見てすぐにiPhoneを部屋の隅に投げた。

 

友人。

 

「20年間、相談らしい相談を受けたことがない」

というのは、中学の時から唯一続いている友人から言われた言葉だ。

 

「自分の中で明確に説明できる段階にならないと人に話せないから」

というのがわたしの回答である。

 

好きな人が出来たとか、あいつのあーいうところがムカつくとか、聞くのは苦にならないが、いざ自分が話す番となるとそれは大変骨が折れる。

 

「話したいことがあるから」と、

呼び出したのはわたしのほうなのに。 

 

家族。

 

「夫婦としてはもうやっていけない」

と言って離婚して、それでも友人として仲良くやっている今日この頃。

 

誰よりも早く相談して頼った。

 

「今日何か食べた?」

「娘ちゃんのお迎え行くよ」

「なんでも言って」

 

かつての夫は誰よりも頼りになる戦友だ。

 

レストランのトイレに行って帰ってきた彼の目が赤かったのは、飲みすぎたビールのせいか、それとも他の理由だろうか。

 

ことの始まり。

 

病院とは縁がない人生だった。

 

「ガン細胞が見つかった」と連絡を受けたのは、猛暑の中、面倒に思いながらもしょうがなく受けた健康診断を終えた一週間後だった。

 

ガンなんて、

「ガーン」だ。

 

冗談みたいだけど、そのフレーズが一番しっくりくる。

自分の立っているその場所が、ガラガラと崩れ落ちてブラックホールみたいな場所に吸い込まれる。

 

ガーン。

 

ミーン。

 

ガーン。

 

ミーン。

 

iPhoneを痛いほど耳に押し付けたわたしは思った。

蝉よ、少し黙れ。

 

生きるということ。

 

生きるということは、どう死ぬかということだ。

 

なんとなく今はそう思っている。

 

病院から電話をもらったその日、一人きりになりたかったわたしは、フレッシュネスバーガーの生ビール300円を飲みながら、主に娘のことを想いながら泣いた。

 

まだ6歳。

そんな彼女に一体何を残せるだろうか?

 

こんなことを言うともう今にも死にそうな感じがしてくるが、そのときは本当にそんな心境だった。

 

セットでお得になるというから注文したのに、生ビール300円とチキンナゲット280円でお会計が594円だったのには納得がいかないし(定価じゃん)、若干31歳でガン宣告を受けた自分にも到底納得できないが、見ず知らずの人の前で泣くのは恥ずかしいので何も言わなかった。

 

検査。

 

検査というくらいだから、CTとかMRIとかいうやつでウィーン!ブォーン!ジャジャジャジャーン!とかやるのかと思ったら違った。

切るとか切るとか切るとか、そんな話ばかりで嫌になる。

 

検査中、顔を両手で覆うわたしを見て医師は言った。

 

「どうしたの?大変なことになっちゃったって思ってる?」

 

うん、思ってる。

 

大丈夫っぽい。

 

検査とか検査手術とかを終えて今に至る。

 

吾輩は猫ではないが、結果はまだない。

 

でも大丈夫。

何かしら対処はできると思う的なことを医師から言われている。

 

ビールを飲んだりハイボールを飲んだり、そしてまたビールを飲んだりしながら明日からまた仕事に復帰する。

 

海賊王に俺はなるとか言って今の仕事に臨んでから約一年、その日生きることだけで必死だった離婚後の生活に、ガーンはやってきた。

 

祖母と祖父が立て続けに亡くなったこの一年は、わたしにとって死に近づいた一年でもある。

 

わたしは変わるだろうか?

いや、変わらないだろう。

 

それはせめてもの慰めである。

 

それは、わたしが今の生活を愛しているということでもあるのだから。

 

入院中の病室で、お腹を大きくした妊婦さんを見て懐かしさが込み上げる。(産科の患者さんと部屋を別にするかと聞かれたけど一緒でいいですと言った)

 

娘が生まれて6年、無我夢中でやってきた。

裕福でもない、人格者でもないこのわたしが、子どもを笑わせたり、アイスを分け合いっこするのは、出産前には想像もできなかった。

 

これが嫌だとかあれが足りないとか、そんなことは実に些細なことであったと気づく。

 

わたしは大丈夫。…っぽい。

 

生きるとか死ぬとかいうレベルを超えてとりあえず大丈夫っぽい。

 

 

 

 

このビールを飲み干したら、明日に備えて寝よう。(寝ない)

 

10時起きだった毎日にピリオドを打つために。(打たない)

 

一週間休んだから仕事の仕方を忘れましたとか言わないように。(言う)

 

明日からまた、海賊王になるために!(ならない!)